例えば、あなたが狙いを「挑戦を評価する」「成長を支える面談にする」の二つに定め、1年かけて新しい評価制度を設計した場面を想像してみてください。説明会とマニュアルで全社に展開し終えれば、人事制度改定の進め方として、ひと区切りついたと感じるのは自然なことです。

ところが、制度の文書は新しくなったのに、現場の運用は前のまま回っていることがあります。制度を実際に動かしているのは、面談で交わされる上司と部下の会話であり、その話し方までは説明会では伝わりにくいからです。

こんな場面に心当たりはありませんか。

● 説明会のあとで、管理職から「結局、何が変わったのか」という質問が届く

● 新しく設けた挑戦目標の欄に、前の期と同じ業務目標が言い回しを変えて並んでいる

● 部下のあいだで「制度が変わっても、上司は同じ」と受け止められている

この記事では、人事制度改定の進め方を、設計を終えたあとの工程まで含めて整理します。現場の運用が変わらない3つの理由を確かめたうえで、目的の設定から最初の評価までの6つの手順を示します。制度の狙いを面談の言葉に置きかえる表と、定着を3か月・6か月・1年で確かめる指標の表も用意しました。

それでは詳しく見ていきましょう。

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1. 人事制度改定とは?等級・評価・報酬の3つの制度

人事制度の改定というと、規程や等級表を作り直す作業が頭に浮かぶものです。ただ、その成果が現れるのは、規程の中ではなく現場の運用の中だといえます。

人事制度改定とは、社員の等級・評価・報酬を決める制度の全部または一部を見直し、新しい制度に切り替えることです。改定の目的は会社ごとに違っても、社員の仕事の仕方をある方向に変えたいという狙いを含むことが多いでしょう。

1.1. 等級・評価・報酬は、現場のそれぞれ別の場面に現れる

3つの制度は、社員から見るとそれぞれ別の場面で目に触れるため、制度ごとに並べると次のようになります。

制度 決めること 社員が制度に触れる場面
等級制度 役割や能力に応じた区分と、上の等級に上がるための要件 昇格の判断、次の等級に向けた上司との話し合い
評価制度 何を、どの基準で、どの時期に評価するか 目標設定の面談、中間面談、期末の評価面談
報酬制度 等級と評価を、給与や賞与にどう結びつけるか 昇給や賞与の通知と、その理由の説明

表のとおり、社員が制度に触れる場面の多くは上司との面談です。社員にとっての制度は、規程の文書よりも、上司が面談で何を話すかによって形づくられる面があります。

例えば、評価の理由を「会社の決まりなので」としか説明できない場面を想像してみてください。そのとき部下の手元に残る制度は、規程の文書ではなく、その一言かもしれません。

1.2. 人事評価制度の見直しは、めずらしい取り組みではない

自社だけが大きな見直しに取り組んでいるのではないかと、不安になることもあるかもしれません。実際には、人事評価制度の見直しに取り組む会社は少なくありません。

日本能率協会の「当面する企業経営課題に関する調査 組織・人事編2023」(2023年8月公表)は、人事部門の責任者が回答した596社の調査です。人事・評価・処遇制度の抜本的な見直しを「実施済み・実施中」と答えた企業は37.9%で、「1〜2年以内に実施予定」も32.4%ありました。

労務行政研究所の「人事制度の実施・改定動向」(WEB労政時報、2022年2月公表)は、199社の回答をまとめた調査です。2017年以降の5年間に人事評価制度を改定した企業は54.5%、等級制度を改定した企業は34.2%でした。

一方で、改定した制度が現場でどう運用されているかまでは、これらの調査からは読み取れません。制度を新しくしたことと、現場の運用が新しくなったことは、分けて考えましょう。

2. 人事制度を改定しても、現場の運用が変わらない3つの理由

新しい制度が現場で動かないと、「何が足りなかったのだろう」と自分を責めたくなる人もいるかもしれません。けれども、見直したいのは制度の中身より人事制度改定の進め方であり、動かない主な理由は次の3つです。どれも上司一人の工夫では埋めにくいものです。

2.1. 展開が、説明会とマニュアルの配布で終わる

展開を説明会とマニュアルの配布で終えると、制度の仕組みは伝わっても、使い方は伝わりにくくなります。説明会で話されるのは、等級の数や評価の項目、評価の時期といった制度の形です。

管理職の中には、次の面談で何を話し、部下の目標のどこを見ればよいのかを知りたい人もいるでしょう。例えば、資料にその答えが載っておらず、「来週の面談では何を聞けばいいのだろう」と立ち止まる場面を想像してみてください。その問いに答える場がないまま最初の目標設定を迎えると、上司は慣れたやり方で面談を進めやすくなります。

説明会のあとに届く「結局、何が変わったのか」という質問は、制度への反発とは限りません。仕組みの説明は聞いたものの、自分の面談の何を変えればよいかが見えない、という声として受け取るほうが自然です。

2.2. 制度の狙いが、上司の言葉になっていない

規程やマニュアルに書かれた狙いの言葉は、そのままでは面談で使いにくいものです。たとえば「挑戦を評価する」という狙いを、上司は部下にどう問いかければよいのでしょうか。

どの程度の目標なら挑戦と呼べるのか、うまくいかなかったときに評価はどうなるのか。部下が知りたいのは、こうした具体的な点かもしれません。例えば、部下から「挑戦的な目標とは、どのくらいのことですか」と聞かれて、あなたが言葉に詰まる場面を想像してみてください。

ところが上司の手元には、狙いを自分の言葉に置きかえるための例や手がかりがないことがあります。面談では前の制度で使っていた言葉がそのまま使われやすく、部下が「制度が変わっても上司は同じ」と受け止めることもあります。

2.3. 運用が変わったかを、確かめていない

人事制度改定のあとに、運用の変化を確かめる指標と時期が決まっていなければ、現場が前のやり方に戻っても気づけません。制度に書いたことが、そのまま運用されるとは限りません。

パーソル総合研究所の「人事評価制度と目標管理の実態調査」(2021年9月公表)は、企業800社と従業員8,000人を対象にしたネット調査です。中間面談やフィードバックは多くの会社で制度化されている一方、制度どおりに実施できている上司は3割前後でした。

確かめる時期を決めていないと、運用のずれに気づくのは最初の評価が終わってからになります。例えば、期末の評価会議で、あなたが初めて「中間面談はほとんど行われていなかった」と知る場面を想像してみてください。その時点で、前の制度のやり方はすでに1サイクル分くり返されています。

3. 人事制度改定の進め方|目的の設定から最初の評価までの6つの手順

設計だけでも大きな仕事なのに、運用の準備まで求められると、手が回らないと感じるのは当然です。それでも改定は、設計で終わらせず、最初の評価サイクルの運用までを一つの計画として扱う、次の6つの手順で進めましょう。

  1. 改定の目的を、現場で起きてほしい行動の言葉で決める
  2. 今の制度が、現場でどう運用されているかをつかむ
  3. 目的に沿って、等級・評価・報酬の制度を設計する
  4. 移行の方法と、労働条件への影響を確かめる
  5. 管理職と社員に説明し、面談で使う言葉を渡す
  6. 最初の評価サイクルの運用を、前もって設計する

手順3と4だけを改定の作業と考えると、2章で見た3つの理由がそのまま残ります。前後の手順1・2と5・6にも、設計と同じように時間と担当者を割り当てておきましょう。新しい制度がすでに始まっている場合も、手順5・6は最初の評価の前から取り組めます。

3.1. 目的と現状から始める(手順1・2)

手順1では、改定の目的を「現場で何が起きていれば成功か」という行動の言葉で決めましょう。「挑戦する風土をつくる」が目的なら、「部下が、結果の読めない取り組みを目標に一つ入れている」のような書き方です。行動の言葉で書いた目的は、5章で紹介する定着の指標にそのままつながります。

手順2では、今の制度が現場でどう運用されているかをつかみますが、見るのは規程に書かれた内容ではなく、実際の運用です。たとえば目標シートを部署ごとに数枚ずつ読み、面談が行われている時期と回数を確かめます。今の運用が分かっていれば、新しい制度で何を変え、何を残すかを決めやすくなります。

3.2. 設計と移行、労働条件の確認(手順3・4)

手順3の設計では、等級・評価・報酬の3つを、手順1で決めた目的に沿ってそろえましょう。評価で挑戦を求めても、等級の要件や報酬との結びつきが前のままなら、部下は挑戦する理由を見いだしにくくなります。

手順4で確かめるのは、新しい制度への移行の方法と、労働条件への影響です。賃金などの労働条件を下げる方向の変更は、一般に不利益変更と呼ばれ、労働契約法の定めに沿って慎重に進める必要があります。

同法の第9条により、使用者は労働者と合意することなく、就業規則の変更によって労働条件を不利益に変更することはできません。第9条の例外にあたる第10条でも、変更後の就業規則を労働者に周知させたうえで、その変更が合理的であることが求められます。個別の変更がどう判断されるかは、社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談しましょう。

3.3. 説明と最初の評価サイクル(手順5・6)

手順5の説明では、制度の仕組みに加えて、面談で使う言葉を管理職に渡しましょう。説明会は一度で終わらせず、最初の目標設定の前と中間面談の前にも短い場を設けると、上司が面談で実際に困ったことを拾えます。例えば、使ってみて言いにくかった言葉を管理職から聞き、翻訳の表の言い回しを直していく場面を想像してみてください。

手順6で設計するのは最初の評価サイクルの運用で、目標設定と中間面談、期末の評価のそれぞれで、何を確かめるかを先に決めておきましょう。サイクルの各時期に見る指標は、5章の表にまとめました。

4. 制度の狙いを、日々の上司と部下の会話に翻訳する

制度の狙いを届けたいのに、説明会で使った言葉が面談の場ではそのまま使いにくいと感じるのは、ごく自然なことです。現場に届けるには、狙いを上司が面談で使う言葉に置きかえ、部下に起きてほしい行動まで決めておくことが必要です。

目標設定や評価の面談は年に数回ですが、日々の1on1でも同じ言葉が使われていれば、狙いは面談と面談のあいだにも伝わり続けます。

4.1. 変更点ごとに、上司の言葉と部下の行動を一行で決める

翻訳の表は、制度の変更点ごとに、上司が面談で使う言葉と部下に起きてほしい行動を一行ずつ並べて作りましょう。次の表は、評価制度を中心に改定した場合の例として、四つの変更点を並べたものです。

制度の変更点 上司が面談で使う言葉 部下に起きてほしい行動
挑戦的な目標を評価に加える 「今の担当で、まだやったことのない取り組みを一つ入れるとしたら何ですか」 結果が読めない取り組みを、目標に一つ入れる
結果に加えて、取り組みの過程も評価する 「結果が出る前に、どんな手を打ったかも一緒に見ていきます」 途中で試したことや工夫を、面談で自分から話す
評価面談を、成長を支える面談に変える 「今日は評価の話より先に、次の半年で伸ばしたい力の話をしましょう」 伸ばしたい力と、そのために欲しい機会を自分の言葉で挙げる
等級の要件を、役割と行動で示す 「次の等級では、この行動が求められます。今できているのはどこまでですか」 次の等級の要件と、今の自分との差を説明できる

上司の言葉の列は読み上げるための台本ではなく、上司が自分の言い方に直して使えるよう、例として渡すものです。部下に起きてほしい行動の列は、5章で紹介する指標で確かめる対象にもなります。

4.2. 最初の目標設定面談で、何が変わったかを上司から話す

新しい制度で最初に行う目標設定面談では、冒頭で上司から「前の制度と何が変わったか」を話してもらいましょう。部下が制度の説明資料を読み込んでいるとは限りません。

例えば「今期から、結果だけでなく、途中で試したことも一緒に見ていきます」と、あなたが切り出す場面を想像してみてください。変更点を一つか二つ自分の言葉で話すだけでも、「上司は同じ」という受け止めを変えるきっかけになります。

そのうえで、翻訳の表の言葉を使って目標を話し合いましょう。挑戦目標の欄なら、結果が読めない取り組みを一つ入れるとしたら何かを部下に先に考えてもらうと、前の期の目標の言い換えになるのを防げます。目標設定面談の進め方そのものについては、目標設定面談の進め方とコツで詳しく紹介しています。

4.3. 説明会のあとに、質問と使った言葉を集めて返す

説明会のあとは、管理職から届いた質問と面談で使ってみた言葉を集め、回答と一緒に管理職全員へ返しましょう。「結局、何が変わったのか」という質問には、翻訳の表の該当する行を示して答えられます。部下に伝わりやすかった言い方は、ほかの上司にとっても手がかりになるでしょう。

制度の狙いが、現場の1on1で実際に話されているでしょうか。TONOME Coreは、過去の対話と宿題の進み具合をふまえて、AIが次回のアジェンダを提案します。組織ダッシュボードでは、実施率や対話テーマの傾向を組織単位で見られます。個人の発言は上がらず、制度の狙いに沿った話題が現場で出ているかを傾向で確かめられます。掲げた方針が日々の1on1で語られているかを確かめる使い方は、中計の「組織づくり」を、掛け声で終わらせないで紹介しています。

5. 人事制度の定着を確かめる指標と時期

新しい制度が動き出すと、あなたも「きっと回っているはず」と思いたくなるものです。ただ、気持ちだけでは、現場の運用が本当に変わったかどうかは見えてきません。

人事制度の定着は、3か月・6か月・1年の3つの時期に、それぞれ違う指標で確かめましょう。早い時期には運用の変化を、1年たってから評価の分布のような結果を見ます。

5.1. 3か月・6か月・1年で見る指標

3か月では目標シートと管理職からの質問、6か月では面談と部下の理解度、1年では評価の分布と評価への質問を見ます。どれも目標シートや短いアンケートなど、手元にある材料で確かめられる指標です。

時期 見る指標 確かめ方 前のやり方に戻りかけているサイン
3か月(最初の目標設定のあと) 目標シートの書き方 新しく設けた欄や観点の記載を、部署ごとに数枚ずつ読む 新しい欄が空欄か、前の期の目標の言い換えになっている
3か月 管理職からの質問 説明会のあとに届いた質問を、内容ごとに分ける 「何が変わったのか」という質問が減らない
6か月(中間面談のあと) 中間面談の実施 制度どおりに中間面談が行われたかを、部署ごとに見る 期末まで面談のない部署が残っている
6か月 面談後の部下の理解度 面談の直後に「期待されていることを説明できるか」を短い設問で聞く 「説明できない」という答えが特定の部署に偏る
6か月 1on1で話されている話題 面談の記録やアンケートから、挑戦や成長に関わる話題が出ているかを見る 話題が業務の進捗の確認に偏ったまま
1年(最初の評価のあと) 評価の分布 前の制度の最後の期と、新しい制度の最初の期で分布を比べる 分布が前の制度とほぼ同じで、中心に集まっている
1年 評価への質問や異議 評価の理由について寄せられた質問の数と内容を見る 「何を見て評価されたのか分からない」という声が続く

サインが出た部署は、責める対象ではなく、運用を手伝う先として扱いましょう。翻訳の表の言葉が合っていないのか、面談の時間が取れていないのかを、上司と一緒に確かめます。

5.2. 評価の分布で、前の運用に戻っていないかを確かめる

最初の評価が終わったら、評価の分布を前の制度の最後の期と比べましょう。例えば、挑戦を評価する項目を加えたのに、あなたが並べた分布は前の期とほとんど重なっている、という場面を想像してみてください。

その場合は、評価の付け方が前の制度のままになっている可能性があります。分布の変化は、評価への質問や異議の中身と合わせて読むことが大切です。

分布が動いていても「何を見て評価されたのか分からない」という声が多ければ、基準が部下に伝わっていない可能性があります。評価が中心に集まる傾向など、評価者に起きやすいずれと評価者ごとの分布の見方は、評価エラーとはで紹介しています。

5.3. ずれが見つかったら、制度より先に運用を直す

指標でずれが見つかったら、制度そのものを作り直す前に、運用を直しましょう。翻訳の表の言葉の書き換えや、説明の場を設ける時期の見直しなら、制度を変えずにすぐ始められます。

例えば、「結果が出る前に、どんな手を打ったかも一緒に見ていきます」という一言を、部署の言い回しに直して配り直してみましょう。それだけでも、面談の言葉は変わっていきます。

改定を決めた経営層には、1年たった時点で指標の変化をまとめて報告しましょう。改定にかけた時間に対して現場で何が変わったかを示せれば、次の手直しへの理解も得やすくなります。

まとめ

人事制度改定の進め方について、この記事の要点を3つに整理します。

● 人事制度改定は等級・評価・報酬の制度を見直すことであり、社員が制度に触れる場面の多くは上司との面談にある

● 現場の運用が変わらないのは、展開が説明会で終わり、制度の狙いが上司の言葉にならず、運用の変化を確かめていないから

● 6つの手順に最初の評価サイクルの運用まで含め、翻訳の表と3つの時期の指標で定着を確かめる

制度の改定が現場に届くのは、規程が新しくなったときではなく、上司と部下の会話が変わったときです。まずは新しい制度の変更点を書き出し、変更点ごとに上司が面談で使う言葉を一行ずつ書き込むところから始めてみましょう。